東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1341号 判決 1984年4月17日
控訴人・附帯被控訴人 新宿活字株式会社
右代表者代表取締役 藤井利基
右訴訟代理人弁護士 大平恵吾
同 錦織正二
被控訴人・附帯控訴人 藤井義夫
右訴訟代理人弁護士 相馬功
同 鈴木繁夫
主文
一 本件控訴に基づき原判決主文第二項を取り消す。
被控訴人・附帯控訴人の右取消しに係る部分の請求を棄却する。
二 本件附帯控訴及び被控訴人・附帯控訴人が附帯控訴により当審において拡張したその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原審において控訴人・附帯被控訴人と被控訴人・附帯控訴人との間に生じた分及び当審(附帯控訴を含む。)において生じた分は、全部被控訴人・附帯控訴人の負担とする。
事実
以下においては、次のとおりの略称を用いる。
「控訴人・附帯被控訴人」を「控訴人」又は「控訴会社」と、「被控訴人・附帯控訴人」を「被控訴人」と、「訴外藤井利基」を「利基」という。
また、昭和五一年六月二九日に開催された控訴会社の定時株主総会を「本件総会」と、本件総会における原判決添付の決議目録記載のとおりの決議を「本件決議」と(なお、単に「右目録記載のとおりの決議」の意味で「本件決議」ということもある。)、後記第二の三1(一)掲記のとおり発行することとされた新株四万株を「本件新株」と、本件新株のうち、同三1(一)のとおり引受けがされないままとなった三万八四〇〇株を「本件失権株三万八四〇〇株」又は単に「本件失権株」という。
第一申立て
一 控訴人
1 主文一、三と同旨
2附帯控訴棄却又は附帯控訴による請求に係る訴えの却下
の判決を求める。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 附帯控訴に基づき、被控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。
本件失権株三万八四〇〇株につき、被控訴人が三分の一の割合による共有持分を有することを確認する。
第二当事者の主張
一 株主総会決議不存在確認請求について
次の1のとおり補正し、2、3のとおり追加するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」の一の1、4、二の1、4、三の2、四の2のとおりであるから、これを引用する。
1 (補正)
(一) 右「第二 当事者の主張」の一の4のうち、一一、一二行目(原判決五丁表五、六行目)の「別表1の(5)欄記載のとおり二九五〇株」を「控訴会社の設立時に引き受けた一〇〇〇株に右新株一六〇〇株を加えた二六〇〇株」と、一三、一六行目(同七、一〇行目)の各「三万八〇五〇株」をそれぞれ「三万八四〇〇株」と、一八行目(原判決五丁裏一行目)の「一万一九五〇株」を「一万一六〇〇株」と、それぞれ改める。
(二) 同二の4(原判決六丁裏三行目)のうち「及び5」を削除し、「争う。」の次に「ただし、本件総会において本件決議がされたこと、その当時控訴会社の発行済株式総数は八万株(資本金四〇〇万円)であったこと、控訴会社の株主として本件総会に出席した利基は、少なくとも、その設立時に取得した一〇〇〇株及び本件新株のうち自ら引受け、払込みをした一六〇〇株の合計二六〇〇株を有するものであり、本件総会には、九〇〇〇株を有する他の株主も出席していたこと、本件総会においては、利基は右二六〇〇株を有するほか、本件失権株三万八四〇〇株についても株主となっているものとしてその議決権行使が認められたため、控訴会社においては、本件総会には五万株に相当する株主が出席して本件決議がされたとしていることは、いずれも認める。」を加える。
2 控訴人の主張
(一) (本件決議の不存在事由のけん欠)
(1) 本件決議が適法かつ有効に存在することは、右に引用された控訴人の主張及び次の(三)以下の主張のとおりであるが、そもそも、被控訴人の主張においてばかりでなく、原判決の判断においても、本件決議が存在しないとされるゆえんは、右決議は控訴人の発行済株式数八万株のうち一万一六〇〇株(原審における被控訴人の主張は「一万一九五〇株」)を有する株主が出席してされたものにすぎないというにある。しかしながら、被控訴人が主張し、原判決が認定しているそのような事由は、決議の取消事由とされるのは格別、決議が存在しない理由とされる筋合のものではない。
(2) 被控訴人は、後記3の(一)の後段において、本件決議は利基が不法目的をもって強行した旨主張するが、そのような事実はない。元来、本件にかかわる藤井一族の先代訴外亡藤井三太夫(昭和三六年一〇月二四日死亡)は、活字関係の事業を盛大にし、関連会社を設立して子らをしてそれぞれの経営に当たらせた。その結果、三太夫の長男高次は東京活字販売株式会社を、二男勇は長女玉技の夫的場末吉と共に東京活字興業株式会社を、三男である被控訴人は台東活字株式会社を、そして三女の夫である利基が控訴会社をそれぞれ経営してきたが、被控訴人は、右台東活字を衰退させてしまうと、健全経営の控訴会社に眼をつけ、多額の借金までもして子洋一名義でひそかに控訴会社の株式を買い集めてその乗っ取りを謀ったものである。このような不信行為が控訴会社ないし利基と被控訴人との一連の紛争の発端であり、利基は、控訴会社、その従業員及び取引先を守るために法に従って行動しているだけである。本件総会に諮った定款の変更は大部分商法の改正に伴うものであり、新株発行の授権範囲の拡大は新宿区役所商工課による企業診断の結果指摘されたことによるものである。本件総会の議題であった「第二六期決算書承認の件及び役員改選の件」は定期的なものであった。
(二) 被控訴人が本件決議の不存在を主張することは、次の理由から許されない。
(1) 被控訴人は、本件総会の開催が目前にせまった昭和五一年六月二三日、東京地方裁判所に対し、控訴人を相手方として、「同月二九日午後五時三〇分に招集される控訴人の株主総会において、現行定款五条を変更する旨の決議をしてはならない。」との仮処分申請をしたが、被控訴人と控訴人とは、同月二五日、同裁判所において右仮処分申請事件につき、「一 控訴人は、東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第八三四号、同第八三四八号事件の判決言渡しがあるまでの間、新株の発行を行わないことを確約する。二 被控訴人、控訴人は、本件仮処分申請事件を本和解手続により終了させることを合意する。三 同事件の手続費用は各自の負担とする。」との裁判上の和解をした。
(2) 右裁判上の和解は、被控訴人が、右のとおり差止めを求めた定款変更の議事につき本件総会が決議をし、これを可決することをあらかじめ承認したことを前提とするものであり、控訴人はこれを受けて、定款変更が認められて授権資本の枠が拡大されても、係属中の訴訟事件の判決言渡しまでは、拡大された枠を前提とする新株の発行はしないことを約したのである。
(3) したがって、被控訴人は、右和解を成立させることにより、本件総会が開催され、本件決議がされることを承認したものというべきであり、本件決議の不存在を主張することは許されない。
(三) (原判決事実摘示第二の三2(二)の(1)(2)の補足)
商法二八〇条の一三の規定の趣旨は、いわゆる失権株につき払込みを確保して資本を充実させる目的で取締役に法定責任を負わせようとするものであり、責任の内容については、取締役が共同して失権株を引き受けたものとすることによって、取締役に連帯して払込みをする義務を負わせるところに意味がある。したがって、失権株につき表示に見合う払込みが確保されれば、同条の趣旨は必要にして十分に満たされるものであり、当該株式につき、議決権、配当を受ける権利等を伴う株主としての地位がどのような経過で実質的、確定的に誰に帰属するかは別の問題である。そして、この問題については、現実に払込みがあった時に実質的、確定的に株主としての地位が発生し、その地位は現実に払込みをした取締役に帰属し、払込みをしない取締役には株主としての地位は発生しないと解すべきである。このように解しないと、資本参加を怠り、又は拒んでいる取締役が株主としての権利、利益は享受できるという不合理な結果となるからである。
したがって、本件失権株三万八四〇〇株全部について払込みを了した利基は、これを単独で取得し、その分についても株主となったものである。
(四) (本件失権株に対する他の者の持分を取得したことについての新主張)
仮に、右(三)の主張及び原判決事実摘示第二の三2(二)の(1)(2)の主張が認められず、本件失権株は当時の取締役である利基、被控訴人及び訴外山香哲雄が引き受けたものとみなされた結果、右三名において共有することになったとしても、利基は他の者が有する持分を次のとおり取得した。
(1) (被控訴人及び山香両名の持分の取得)
ア 利基、被控訴人及び山香の三名が本件失権株を共有することになったものとすれば、その払込みは内部的には右三名が三分の一ずつ負担すべきところ、利基は、昭和四七年六月二四日その全額を払い込み、その後、被控訴人、山香の両名に対し再三にわたり本件失権株全部について利基が単独で株主となる旨の意思表示をした。にもかかわらず、右両名は、右払込みについての内部的義務を全く果たさないばかりか、右失権株について何らの権利主張もしなかった。
したがって、利基は、民法二五三条二項の規定の類推適用により、遅くとも本件総会が行われた昭和五一年六月二九日までの間に本件失権株に対する右両名の持分を取得し、単独でこれについての株主となった。
イ 右アの事実について民法二五三条二項の規定の類推適用が認められないとしても、右事実によれば、右両名は、右失権株についての持分を放棄したものというべきであり、その結果、利基は、共有の弾力性により本件失権株につき単独株主となった。
ウ したがって、利基が本件総会において四万一〇〇〇株の株主として議決権を行使したのは適法である。
(2) (山香の持分の譲受け)
ア 右(1)が認められないとしても、山香は、本件総会に先だつ昭和五一年五月一二日、利基に対し、本件失権株に対する三分の一の持分を譲渡した。これにより、利基は、本件失権株につき三分の二の持分を有することとなった。そこで、利基は、そのころ控訴人に対し、右失権株全部について本件総会において株主としての権利行使を行う旨を告げた。本件総会は、利基が右失権全部につき株主としての権利行使をするとして出席したので、これを認めて同人にその権利行使をさせたものである。
イ したがって、利基が本件総会において本件失権株全部につき株主として議決権を行使したのは、その過半数の意思に基づくものであるから適法有効である。
ウ 仮に、本件失権株による利基の議決権行使が許されないものであったとしても、本件決議の瑕疵の度合いを検討するに当たっては、本件総会には、一万一六〇〇株を有する株主のほか、三万八四〇〇株につき三分の二の持分を有する株主が出席し、本件議決に参加していたことが考慮されるべきである。そうとすれば、本件決議は、実質的には八万株のうち三万七二〇〇株(一万一六〇〇+三万八四〇〇×2/3)を有する株主が出席してされたと同視することができ、本件決議の瑕疵は少なくとも不存在とされるべきものではない。
(3) 被控訴人は、後記3の(四)において右(1)(2)に反論しているが、共有者間における分担を履行しないばかりでなく、控訴人に対しても、株主名簿に共有株主についての記載をするように求めたり、権利行使者を届け出るようなことはしていないのであるから、被控訴人の反論は当たらない。
(五) (原判決事実摘示第二の三2(二)(3)の補足)
留置権に基づく本件失権株についての議決権行使の主張が一般論からは認められないとしても、株券につき留置権を有する者が株主総会に出席して議決権を行使しなければ株主総会自体が成立せず、ひいては会社が機能し得なくなるような具体的事情の下では、留置権者は保存行為若しくはこれに類似する行為として議決権を行使できると解すべきである。本件総会は定款の変更と役員の選任という会社運営上重要な総会であるのに、発行済株式総数八万株のうち三万株に相当する株主は欠席する事態であったから、利基が留置権に基づいて本件失権株三万八四〇〇株の議決権を行使しなければ総会の成否に重大な影響があったものであり、同人がこれを行使したのは適法である。
(六) (同第二の三2(三)の補足)
被控訴人は、その子洋一(一審原告)をして、控訴人使用中の建物を売りに出させ、昭和五八年九月三〇日、遂にこれを訴外株式会社広信に売却してしまった。控訴人が当審における和解勧告の機会に、被控訴人に対し、同人や洋一にとって有利な条件で建物を売り渡して欲しい旨懇願していたのを拒否した上での事である。被控訴人は、控訴会社をつぶしてもその社屋にかかわる不動産利益を得ることのみをもくろんでいることが明白となったものである。
3 被控訴人の主張
(一) (右2の(一)に対して)
被控訴人は、本件総会が適法な招集手続に基づいて開催されたことを争うものではないが、本件決議は、発行済株式総数八万株のうちわずかにその一四・五パーセントにすぎない一万一六〇〇株を有する株主が出席しただけであるのに、五万株の株主が出席したとして定款変更の決議がされたもので、それ自体極めて重大、明白な瑕疵を有するものである。これを決議の不存在事由とみるか否かは合目的的に決すべきであり、商法二四七条の制限を適用する理由は一切存しない。
しかも、利基は、昭和四七年二月、突如として、本件失権株三万八四〇〇株につき自ら引受け、払込みをした結果四万一〇〇〇株(控訴会社設立時に引き受けた一〇〇〇株及び本件新株のうち自ら引受け、払込みをした一六〇〇株に右三万八四〇〇株を加えたもの)の株主になったと主張するに至ったものであるところ、本件決議は、同人が右の自称株数を基に新株発行の授権範囲拡大の定款変更をし、これにより発行し得ることとなる新株を自ら引き受け、若しくは自らの影響力を及ぼし得る第三者に引き受けさせ、当時被控訴人が提起していた利基の右失権株引受けの無効確認訴訟等において敗訴しても、利基の控訴会社支配を確立し、本来多数派株主である被控訴人らを事実上締め出すという不法目的を達成するために強行されたものである。したがって、本件決議は不存在と評価されるべきである。本件決議が不存在とされても、その影響は定款変更の決議に及ぶだけであって、控訴会社の現在の役員の地位に影響をもたらすものではなく、控訴会社の過去の取引関係を混乱させるおそれもないから、本件決議を不存在とするのに何ら妨げはないものである。
(二) (同(二)に対して)
(1) 控訴人の主張は、昭和五八年一二月二〇日の本件口頭弁論期日において陳述された同月六日付け準備書面により初めて提出されたものであるから、時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
(2) その(1)の事実は認め、(2)(3)の主張はいずれも争う。
(三) (同(三)に対して)
法律上の主張は争い、利基が本件失権株につき払込みをしたとの点は否認する。
(四) (同(四)に対して)
(1) その(1)の主張は争う。アの事実は否認する。被控訴人が本件失権株について共有者としての内部義務を履行していないにしても、それは、利基が右失権株の共有関係を認めず、被控訴人による義務履行を拒否していることによるものであり、仮にそうでないとしても、利基が被控訴人による内部義務の履行を拒絶することは明白であるから、被控訴人につき民法二五三条二項適用の前提たる不履行はないし、控訴人が、被控訴人の義務不履行により同人の持分が利基に帰したと主張することは信義則に照らしても許されない。
(2) その(2)のアの事実は全部認めるが、イ、ウの主張は争う。共有株式についての議決権行使については、共有者全員の同意に基づき議決権行使者を選任する必要があるのに、本件については、そのような事実はない。
(五) (同(五)に対して)
争う。
(六) (同(六)に対して)
洋一が、控訴人主張のとおり、控訴人使用中の建物を売却した事実は認める。その余の主張は争う。
二 本件決議の取消請求の有無ないし本件決議の取消判決の可否について
1 被控訴人の主張
本件総会には控訴会社の発行済株式八万株のうち一万一六〇〇株を有する株主が出席しただけであるのに、五万株の株主が出席したとされているわけであるが、これが決議の不存在事由に当たらないとすれば、本件においては、訴えの変更手続なくして右事由に基づく本件決議取消判決がされるべきである。
(一) 株主総会の決議を争う態様として決議取消しの訴えと決議不存在確認の訴えがあり、それらは総会招集の手続的瑕疵を原因とする点で共通しているが、具体的にある決議の瑕疵がいずれの訴えの原因に属するかの判断は極めて困難であり、決議不存在事由について取消しの訴えを提起したり、取消事由にすぎないのに不存在確認の訴えを提起してしまうことは容易に起こり得ることである。そして、後者の場合には、訴えの変更によりその救済を得ることは提訴期間との関係でほとんど不可能であるから、形式的には決議不存在確認の訴えであっても、提訴権者の資格、提訴期間等の点において決議取消しの訴えとしての要件を具備しているならば、その決議不存在確認請求には、当然に、当初から予備的に決議取消請求も含まれているものとして審理、判決をするべきである。
(二)本件において、被控訴人は、本件決議の不存在確認を請求しているが、同人が右決議の取消しの訴えを提起する資格を有することは既に明らかであり、提訴期間の点についても次のとおり決議取消しの訴えの要件を満たしているから、被控訴人の請求には、当初から予備的に決議取消請求も含まれているものとして取り扱われるべきである。すなわち、本件決議の瑕疵は前記のとおりであり、本件総会に一万一六〇〇株だけでなく五万株の株主が出席したとされているゆえんは本件失権株三万八四〇〇株につき利基が単独株主として扱われた点に尽きるわけであるが、同人が右失権株につき単独株主として扱われるべきでないことについて、被控訴人は、本件総会以前から係属していた東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第八三四八号失権株引受無効確認請求事件の訴状及び同年一二月二日付け準備書面において、また、右事件と同庁同年(ワ)第八三四五号株主総会決議取消請求事件が併合された後の昭和五〇年一二月九日付け及び昭和五一年四月一七日付け各準備書面において再々主張していたものである。しかも、複数の訴訟事件が併合して審理されることになった場合、たとえば、甲事件に、これより遅く提起された乙事件が併合された場合、乙事件は甲事件の当初からこれに併合して提起されたものと解すべきである(併合時に共通の訴訟資料となるのではないことは、併合前の証拠調べの結果が、併合された他事件についても同一の性質のまま証拠資料となるとする判例法理より明らかである。)ところ、本件株主総会決議不存在確認請求事件は、昭和五二年五月一七日に、昭和四七年の前記二事件に併合されたので、本件決議の瑕疵についての右主張は、その訴えが提起された当初から提出されていたものというべきである。
(三) 本件決議は、一の3(一)において述べたとおり利基が不法目的を達成するために同人によって強行されたものである。この事情と決議取消しの訴えの提起期間等を定めた商法二四八条の趣旨からすれば、本件が右のとおり先行事件に併合されたことにより提訴期間の要件をも具備した決議取消訴訟としてこれを扱うことの合理性は一層明らかというべきである。
2 控訴人の主張
1の被控訴人の主張は争う。
(一) (その(一)に対して)
株主総会決議不存在確認の訴えと同決議取消しの訴えとは、訴えの性質、目的を異にするから、訴えの変更手続を前提としないで被控訴人のいうような扱いをすることは到底許されない。
(二) (その(二)に対して)
被控訴人の主張は、理論上も首肯できないばかりでなく、各訴訟事件の経過を無視したものである。すなわち、本件訴えが提起された昭和五一年六月二三日当時、控訴人主張の昭和四七年(ワ)第八三四八号事件については、その訴えのうち利基による失権株引受けの無効確認を求める部分は取り下げられ(昭和五一年四月一七日)、昭和四七年(ウ)第八三四五号事件(本件外の同年七月一五日の株主総会決議に関する事件)については、決議不存在確認請求に訴えの変更がされており(昭和五一年四月一七日)、その後昭和五一年一二月には右八三四五号事件自体訴えの取下げにより終了した。本件が併合されたのは右八三四八号事件に対してであり、当時同事件は、被控訴人及び一審原告洋一の各持株確認請求と洋一の名義書換請求のみで、利基が本件失権株三万八四〇〇株について株主として議決権を行使し得るか否かの問題とは無関係のものであったばかりか、被控訴人の指摘する別件の準備書面等における同人の主張は一貫して本件新株について失権株はなかったとするものである。しかも、本件が右八三四八号事件に併合されたのは、本件決議がされた昭和五一年六月二九日から一〇か月半を経過した昭和五二年五月一七日のことであり、本件について本件決議の取消事由が主張されたことはなかったものである。
(三) なお、控訴人は、従来、被控訴人に対し、本件訴訟手続過程において本件決議の取消しは求めないのかと再三釈明を求めたにもかかわらず、被控訴人は、原審における昭和五二年四月一九日の本件口頭弁論期日等において本件決議の取消しについての主張はしないと言明してきた。いまさら、本件においては当初から本件決議の取消請求が予備的にされていたと主張するのは、従来の言明に反するものである。
三 附帯控訴による株式の共有持分確認請求について
1 被控訴人の請求原因
(一) 控訴会社は、昭和三三年一月二八日、発行済株式の総数及び額面株式の数をいずれも二万株から六万株に、資本の額を一〇〇万円から三〇〇万円にそれぞれ変更することを決め、その旨の変更の登記手続を了した。ところで、この変更に際し発行することとされた新株四万株(「本件新株」)については、そのうち一六〇〇株は利基がこれを引き受け、払込みを了したが、残余の三万八四〇〇株(「本件失権株」)は右のとおり新株発行による変更の登記があったにもかかわらず引受けがされないままであった。
(二) 被控訴人は、当時、利基及び山香哲雄と共に、控訴会社の取締役であった。
(三) したがって、被控訴人は、商法二八〇条の一三第一項の規定により本件失権株を利基及び山香と共に共同して引き受けたものとみなされた。
(四) これにより被控訴人は右失権株につき三分の一の共有持分を有することになった。
(五) 控訴人は、被控訴人が右失権株につき共有持分を有することを争っている。
(六) よって、被控訴人は本件失権株につき三分の一の共有持分を有することの確認を求める。
2 控訴人の認否・主張
(一) (本案前の抗弁)
(1) 被控訴人は、昭和五七年一月一三日、東京地方裁判所に対し、控訴人を被告として、附帯控訴による本件失権株に対する共有持分確認請求と同じ請求の趣旨・原因を掲げて訴えを提起した(同庁昭和五七年(ワ)第三〇四号)。
(2) したがって、右新訴と附帯控訴による確認請求訴訟とは二重訴訟であるところ、附帯控訴により右請求が提起されたのが昭和五八年五月一七日であることと審級の利益の観点から、附帯控訴による右持分確認請求に係る訴えは不適法として却下されるべきである。
(二) (右1に対する認否・反論)
その(一)ないし(三)及び(五)は認める。
同(四)は争う。
商法二八〇条の一三の規定により取締役がいわゆる失権株を引き受けることとなっても、このことから当然に取締役は当該失権株につき株主となるものではない。詳細は一の2(三)のとおりである。したがって、被控訴人の本件失権株に対する共有持分確認請求は、主張自体理由がない。
(三) (権利濫用の抗弁)
控訴人と被控訴人との一連の紛争の発端は一の2(一)(2)のとおりであり、被控訴人の本件決議不存在確認請求がそれ自体権利の濫用であることは一の1に引用した原判決事実摘示第二の三2(三)及び前記一の2(六)のとおりであるが、それぞれにおいて主張した各事実関係のほか、被控訴人は、従来は、本件新株のうち一八〇〇株は自らが引き受けて払込みを了し、その余の分もすべて引受け、払込みがされており、本件新株について失権株はなかった旨主張し、原審本人尋問においてもその旨供述し、被控訴人の側にある者の証人尋問において同旨の証言を得る等して抗争し続けていたのに、これを翻して右新株のほとんど全部が失権株となったという信義に反する事実主張をするに至った訴訟態度をも総合して考えると、被控訴人が新たに提起した本件失権株に対する共有持分確認請求もまた権利の濫用によるものとして排斥されるべきである。
3 抗弁に対する被控訴人の認否・反論
(一) (本案前の抗弁に対して)
その(1)は認めるが、(2)は争う。
控訴人は、被控訴人が東京地方裁判所に新訴を提起したところ、同事件の口頭弁論期日において、同事件は本件訴訟に対し二重訴訟であるとして新訴の却下を求めた。その理由とするところは、被控訴人は本件の原審においては控訴会社の二九五〇株の株主であることの確認を求めていたもので、この請求は、不服の対象とされていないものの、当審に係属中であるというものである。そこで、被控訴人は、東京地方裁判所に対し、新訴の取下書を提出したが、控訴人がこれに同意しないため、新訴はなお係属しているにすぎないものである。
(二) (権利濫用の抗弁に対して)
争う。
本件新株について失権株が生じていたか否かの従前の争いは、それについての払込みが控訴人の親会社たる東京活字株式会社の資金によって賄われたか、控訴人の資金によって行われたかという問題と、払込金がその後引き出されて実質上払込みがない状態とされてしまったか否かという問題に係るものであって、最終的には、利基が本件失権株についても議決権を行使したことを正当化するため、それらを単独引受けしてその株主となったと主張したことをめぐる争いであったのである。
第三証拠関係《省略》
理由
一 株主総会決議不存在確認請求について
控訴会社は昭和二五年五月一二日に設立された株式会社(当時資本金一〇〇万円)であり、被控訴人は右設立時からその株式一〇〇〇株を有する株主であること、控訴会社においては、昭和五一年六月二九日、定時株主総会が開催され、その株主総会(「本件総会」)において本件決議がされたこと、当時控訴会社の発行済株式総数は八万株(資本金四〇〇万円)であったこと、控訴会社の株主として本件総会に出席した利基は、少なくとも、その設立時に取得した一〇〇〇株及び本件新株のうち自ら引受け、払込みをした一六〇〇株の合計二六〇〇株を有するものであり、本件総会には、九〇〇〇株を有する他の株主も出席していたこと、本件総会においては、利基は右二六〇〇株を有するほか、本件失権株三万八四〇〇株についても株主となっているものとしてその議決権行使が認められたため、控訴会社においては、本件総会には五万株に相当する株主が出席して本件決議がされたとしていることは、いずれも当事者間に争いがない。
ところで、被控訴人は、本件決議は不存在であるとしてその旨の確認を求めるものであるが、その主たる理由とするところは、本件決議は控訴会社の発行済株式総数八万株のうち一万一六〇〇株(右のとおり利基が有することにつき争いのない二六〇〇株と他の株主の有する九〇〇〇株の合計)の株主が出席しただけで行われたという点にある。
しかしながら、株主総会の決議が不存在とされるのは、総会ないしは決議それ自体が形すら行われていないか、又は決議の手続的瑕疵が著しいために株主総会の決議とみるべきものが法律上存在すると認められないのに、外形的には決議がされたような現象が存在する場合であるが、昭和五六年改正前の商法二四七条一項の規定によれば、商法の同年改正前においても、法令、定款の定める定足数の不足や決議成立要件の不備はその度合が著しい場合であっても決議の取消事由となるにすぎず、決議不存在の事由たり得ないものであったと解するのが相当である。本件においては、前記のとおり本件総会が開催され、本件決議がされたことについては争いがない、そうすると、ただ、その出席株主が発行済株式総数八万株のうち一万一六〇〇株を有するにすぎないものであったという事由は、一定の手続要件を満たせば本件決議を違法として取り消し得ることになるのは格別、本件決議を法律上不存在とすべき場合には当たらないといわなければならない。このことは、本件決議が原判決添付目録のとおり定款の変更決議を含むものであったことにかかわりがなく、また、控訴会社が本件総会には五万株の株主が出席したとしていることによって左右されるものではない。
被控訴人は、利基が本件失権株につき払込みを了したとする控訴人の主張を争い、本件決議は利基が四万一〇〇〇株という自称株数を基に不法目的達成のために強行したものであるとして、本件決議は不存在とされるべきであると主張するが、右決議が不法目的をもってされたというべき事実を認めるに足りる証拠はないし、主張に係る事実をもって本件決議の不存在事由とするに足りないことは叙上の説示に照らして明らかである。
控被訴人は本件総会が適法な招集手続に基づいて開催されたことを争うものでないことは被控訴人の主張に徴して明らかであり、他に本件決議を不存在とすべき瑕疵を見いだすことはできない。
したがって、本件決議が存在しないことの確認を求める被控訴人の請求は、控訴人のその余の主張につき判断するまでもなく失当として排斥すべきである。
二 本件決議の取消請求の有無ないし本件決議の取消判決の可否について
1 被控訴人は、主張に係る本件決議の瑕疵がその不存在事由に当たらないとすれば、訴えの変更手続を待つまでもなく、被控訴人の本件決議不存在確認請求には当初から予備的に本件決議の取消請求が含まれているものとして審理判決がされるべきである旨主張する。
しかしながら、株主総会決議不存在確認請求事件において当該決議の不存在事由として主張された事実が、実は不存在事由に当たらない場合には、その決議不存在確認請求には当初から当然予備的にその決議の取消請求が含まれているものとして審理判決をすべきであると解するのは、主張事実が決議取消事由に該当する場合であっても相当でない。けだし、右のような二種の請求訴訟は性質、訴訟物をそれぞれ異にしているばかりでなく、そのような融通を図る取扱いが許されるとすると、当事者(相手方)は予期しない判決を不意に受けるおそれを負わされ、前者の類型に属する訴訟においても常に当該決議の適法一般について攻撃防御を尽くす必要が生じ、他方、裁判所は取消請求が明示されていないのにこれについて判断しなければならないことになる等極めて不合理であるからである。被控訴人が主張するように株主総会の決議の瑕疵をめぐる訴訟類型の選択に困難な問題があるとしても、そのことのゆえに別異に解することはできない。
2 被控訴人は、本件決議は取り消されるべきである旨をも主張するので更に判断するに、株主総会決議不存在確認請求訴訟において当該決議の取消しを求めることとし得るのは、決議不存在事由として主張された瑕疵が決議取消事由に該当しており、しかも、当初の訴えが決議取消訴訟の原告適格、出訴期間等の要件を満たしている場合に限られ、このような場合には、決議取消請求が出訴期間経過後に掲げられたとしても、出訴期間の関係では当初の訴え提起時に提起されていたのと同様に扱い得るにすぎないと解すべきである。本件をみるに、被控訴人は、昭和五一年六月二三日、原審裁判所に本件決議の不存在確認を求める本訴を提起したが、その訴状には、請求原因として、「一、原告は、被告の株主である。二、被告は、請求の趣旨記載の各決議の存在を主張する。三、しかし右各決議は不存在である。」と記載されているだけであり、同年九月二二日午前一〇時の同事件第一回口頭弁論期日には、右訴状が陳述されただけで、本件決議の瑕疵についての主張は何ら述べられていない。本件決議の瑕疵については、本件決議の日(昭和五一年六月二九日)から三月を経過した後である同年一一月二四日午前一〇時の同事件第二回口頭弁論期日において、そのころ提出されたものと推認される同日付け準備書面の陳述によってようやく触れられたにすぎない。これらの経過は一件記録上明らかである。してみると、先の説示に照らし、被控訴人は、本件決議の不存在確認請求訴訟の係属を前提としてその取消しを求める余地もないものといわなければならない。
被控訴人は、利基が本件失権株三万八四〇〇株の株主として扱われるべきでないことについては、後に本件決議不存在確認請求事件の口頭弁論が併合されることになった別件訴訟において(本件総会が開催される以前から)、再々主張していた旨主張するが、被控訴人の主張に係る各別件訴訟の対象や経過が事実欄第二の二2(二)の控訴人主張のとおりであることは記録上明らかである。しかも、被控訴人は、その事由を別件訴訟において主張していたことのゆえに、本件決議不存在確認請求訴訟においてもそれが当初から主張されていたことになると主張するが、この主張は、本件口頭弁論がそれら別件訴訟に併合されたことにより、別件訴訟における主張が本件においても当初から主張されていたことになるという独自の見解を前提とするものである。本件決議不存在確認請求事件の弁論が主張に係る八三四八号事件の弁論に併合されたのは、本件決議の日から一〇月余を経過した昭和五二年五月一七日のことである。被控訴人が本件決議不存在確認請求事件の当初から本件決議の取消事由に該当する瑕疵の主張をしていたことになるとする被控訴人の主張は、いずれの点からしても到底採用することができない。
3 したがって、本件において、本件決議の取消請求があるものとしてこれについても審理判断がされるべきであるとする被控訴人の主張は理由がない。
三 被控訴人の附帯控訴による株式の共有持分確認請求について
1 控訴人は、右請求に係る訴えは二重訴訟であって不適法である旨主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五七年一月一三日東京地方裁判所に対し控訴人を被告として右請求と同じ請求の趣旨・原因を掲げて訴えを提起し、同事件は同庁昭和五七年(ワ)第三〇四号事件として現に係属している事実が認められるから、この別件訴訟と本件附帯控訴による前記請求に係る訴訟とが二重訴訟の関係にあることは明らかである。
ところで、被控訴人は、本件訴訟の原審においては、控訴会社の株式二九五〇株の株主であることの確認をも求めていたもので(この請求に係る訴えの提起は昭和四七年一〇月三日)、右二九五〇株の中には、本件新株のうち被控訴人が引受け、払込みをしたことを取得原因とする一八〇〇株が含まれていた。右確認請求について原審は、右二九五〇株のうち被控訴人が控訴会社の設立時に取得した一〇〇〇株についてのみ請求を認容し、その余の分を理由なしとして棄却したが、被控訴人は右敗訴部分に対する控訴提起をしないまま日時を経過した。しかしながら、右確認請求事件の弁論には、被控訴人が控訴人を被告として提起した本件決議不存在確認請求事件の弁論が併合されており、前記二九五〇株についての確認請求に対する判決と同時に一個の判決により本件決議不存在確認請求についても判決が言い渡され、この請求は認容されたため、これに対しては敗訴した控訴人がその部分の取消しを求めて控訴を提起した(本件控訴事件)。なお、被控訴人は、東京地方裁判所に対し、前記のとおり提起した新訴を取り下げることとしたにもかかわらず、被告である控訴人において同意しなかったため、同事件はなお係属中であるが、控訴人は、同事件においてはそれが本件に対し二重訴訟であるとして訴えの却下を求めているものである。以上のことは、原判決の説示自体、一件記録及び弁論の全趣旨により明らかである。
そこで、右各事実関係に基づいて、前記のとおり二重訴訟の関係にある本件附帯控訴による本件失権株の共有持分確認請求に係る訴えを不適法とすべきか否かについて考える。
まず、被控訴人が前記のとおりもともと本件訴訟において求めていた控訴会社の株式二九五〇株の株主であることの確認請求のきすうについてであるが、客観的に併合された数個の請求について一個の判決がされた場合には、そのうちの一部の請求についてのみ上訴が申し立てられたときも、上訴の効力は他の請求についても及ぶものであるから、原判決に対する控訴は控訴人によってのみされ、その不服申立ては本件決議不存在確認請求の認容部分に限られていたことにかかわりなく、この控訴により、右二九五〇株の株主であることの確認請求についての原判決も確定を阻止され、同請求についても移審の効力を生じ、当審に係属するに至ったものである。そうすると、附帯控訴による請求の目的である本件失権株三万八四〇〇株のうち一八〇〇株については、もともと当審に係属中の確認請求の対象とされていたものが、附帯控訴により改めて審判の直接の対象(持分三分の一の限度においてであるが。)となったにすぎないものである。その取得原因について、従来の主張と、それが失権株となったことを前提とする附帯控訴に伴う主張との間には変更がみられるが、権利又は法律関係の確認訴訟における権利の取得原因又は法律関係の成立経過についての主張は、請求を理由づける攻撃防御方法にすぎないから、その変更は請求の特定には影響を及ぼさないものである。したがって、東京地方裁判所に提起された新訴のうち少なくとも一八〇〇株に係る部分は本件に対し後訴の関係に立つ二重起訴であり、反面、本件附帯控訴による請求中右一八〇〇株に係る部分は、従前から係属している請求を持分三分の一の限度に減縮し、取得原因についての主張を変更しただけであり、附帯控訴の手続がたまたま東京地方裁判所に対する新訴の提起より後である昭和五八年五月一七日に至ってからであったにせよ、二重起訴として不適法とすべきいわれはないというべきである。
本件失権株三万八四〇〇株のうち残余の三万六六〇〇株についての確認請求は、東京地方裁判所に対する新訴及び本件附帯控訴により初めて提起されたものであるが、そのことのゆえに、附帯控訴による請求のうちその分については、訴えが右新訴に対し二重であるとしてこれを不適法とするのは相当でない。けだし、本件失権株のうち一八〇〇株についての確認請求訴訟は既にみたとおり適法に当審に係属しているところ、附帯控訴により残余の三万六六〇〇株についても同一手続により審理判決をし得る状態となったものであり、これについての権利主張は、先に係属している一八〇〇株についての請求とその基礎を同じくし、これが拡張されたにすぎないものであり、それぞれについての攻撃防御方法は当事者双方にとって全く共通しているものである。しかも、被控訴人が東京地方裁判所に対し、係属中の別訴を取り下げることとしたのは、その追行意思のないことを表明したものであり、それにもかかわらず同事件がなお係属しているのは、控訴人がその訴えの取下げに同意しなかったことによるものであるが、同人としても同裁判所に係属中の別件訴訟において本件失権株の帰属につき審理判断されることを望んでいるわけでないことは、同裁判所に対しては新訴が本件訴訟に対し二重であるとしてその却下を求めていることに徴して明らかである。これらの具体的事情を無視し、あえてこれを二分して別々の審理判決に服すべきであるとするのは、当事者及び裁判所のいずれにとっても訴訟経済に著しく反し、極めて不合理である。
以上のとおりであるから、附帯控訴による請求につき訴えを二重起訴のゆえに不適法とすべき理由はなく、控訴人の本案前の抗弁は採用することができない。
2 そこで、進んで附帯控訴による請求の当否について判断する。
控訴会社は、昭和三三年一月二八日、事実欄第二の三1(一)のとおり発行済株式の総数等を変更することを決め、その旨の変更の登記手続を了したこと、本件新株(四万株)のうち利基が引き受けて払込みを了した一六〇〇株を除く残余の三万八四〇〇株(「本件失権株」)は右のとおり新株発行による変更の登記があったにもかかわらず引受けがされないままであったこと、被控訴人は、当時、利基及び山香哲雄の両名と共に控訴会社の取締役であったことは、いずれも当事者間に争いがない。これらの事実によれば、被控訴人は、商法二八〇条の一三第一項の規定により、本件失権株を利基及び山香と共に共同して引き受けたものとみなされるものである。
ところで、被控訴人は、右のとおり共同引受けとみなされる結果、本件失権株は右三名において共有することになり、被控訴人はこれにつき三分の一の共有持分を有することになったと主張し、控訴人は、共同引受けとみなされることから当然に取締役によるそれらの共有状態が生じるものではないと主張するので、この点についての当裁判所の考えを明らかにする。
商法二八〇条の一三第一項は、新株発行による変更の登記がされたにもかかわらず引受けのない株式があるときは、取締役は共同してこれを引き受けたものと擬制する旨を定めるが、その趣旨は、変更登記により発行済みとして株式数及び資本額が公示された以上、公示に対する信頼を保護するために公示どおりに資本の充実を図ることを目指して取締役に引受担保責任を課するものである。ところで、この規定が適用される場合には、取締役は連帯してその払込みをすべき義務を負うことになる(同法二〇三条一項)が、これによって取締役に引受担保責任を負わせる目的は達成し得ることになるわけで、二八〇条の一三第一項の規定はこれ以上の意味を有するものではなく、これ以上の効果をもたらすものでもないと解すべきである。往々、同規定が適用される場合には、取締役は株主(共有株主)として連帯の払込義務を負うものであり、本来新株の引受人が払込期日に払込みをしないと当然に失権する(同法二八〇条の九第二項)のに対する例外をなすものと説かれるが、取締役が引受人としての地位を失わないのは法定責任を負うがゆえのことであり、引受担保責任を課することから当然に取締役を株主として遇すべき理由は見当たらない。取締役がいわゆる失権株につき引受担保責任を負わされると、払込義務の履行を待たないで当然にその株主になるものとすると、二八〇条の一三第一項の規定は、取締役には払込みの有無を問わないで利益配当請求権や議決権等の諸権利を与える趣旨のものとなり極めて不合理であるばかりでなく、引受け、払込みを経て株主となったものの有する株式の価値を不当に減殺することにもなり不公平である。このような理由から、取締役の地位にあるものが、同規定により失権株を共同して引き受けたものとみなされることになっても、このことから当然に、取締役が当該失権株につき自益権、共益権に属する諸権利を有する株主となるものではないと解するのを相当とする。
したがって、被控訴人が本件失権株につき払込みをしたことについて何らの主張、立証をしないまま、前記のとおり被控訴人が控訴会社の取締役として本件失権株を利基らと共同して引き受けたものとみなされたことのみを前提とし、当然に本件失権株につき三分の一の共有持分を有することになったとしてその旨の確認を求める被控訴人の請求は失当である。
四 以上のとおりであるから、原判決中、被控訴人の本件決議不存在確認請求を認容した部分は相当でないから同部分を取り消して右請求を棄却し、本件附帯控訴及び被控訴人が附帯控訴により当審において拡張したその余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島一郎 裁判官 奥平守男 尾方滋)